私、岩崎 梓の大好きな美しいもの、心ときめく音楽。美味しかったもの。 etc...写真を撮りながら気ままにご紹介。よろしくね。


by 岩崎 梓
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<   2011年 11月 ( 7 )   > この月の画像一覧

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ラヴェルの声楽曲を中心としたプログラムの演奏会へ。
「a la francaise」というシリーズで、毎年開催されているようです。
場所は気になっていた三軒茶屋の「サロンテッセラ」という小さなホール。

「サロンテッセラ」は、シンプルなインテリアと照明でとっても!素敵だった。
ガラス張りの小さなカフェコーナーや、オリーブの植わったテラスもあって
ここがデニーズ三軒茶屋店の階上とは思えません。

パリ、エコールノルマルのセリグ教授がラヴェルの生涯と作品についてレクチャーもして下さる。
ラヴェルは、フランスの音楽に革新をもたらしたが、一貫して「クラシック」でありつづけたところに特色がある、というお話が印象に残った。
また、ローマ大賞には4回も落選し、終いには応募さえ断られたというエピソードも。。
マダムは小柄でエレガント。繊細でもの静かな印象の方でした。


ラヴェルの「博物誌」や「シエラザード」「マラルメの詩による3つの歌」の他、
ラヴェルの先生であったフォーレや、
ふだんあまりきく機会のない、シュミットやルーセルの歌曲も演奏された。
ソプラノの駒井ゆり子さんの演奏が素敵でした。

ラヴェルは、各地の民謡をモチーフにした(あるいはそのまま)作品や、スペインやオリエンタルなど異国の空気を感じさせる作品(といってもバスクの生まれラヴェルにとってはでスペイン的な雰囲気は「異国」ではない)、
また、印象派的、象徴派的な雰囲気の色濃い作品など、多彩な作品を残している。

本人は印象派的と言われるのを好まず、自分は現実主義者だと言っていたらしいが、
まあ、あなたって印象派っぽい、とか言われて
そう?なんてラヴェルが悦に入っているっていうのも変な感じですものね。
やはり、創作する当人は、自分にとっての現実を音符に置き換えているのであって、
それを「印象」「象徴」と名付けるのは後の人の仕事でしょう。

しかし確かにマラルメの詩による3つの歌は、
マラルメの詩によるので当たり前と言えばそうなのだが、
象徴派的、というのでしょうか、
とても神秘的で暗示的。
たとえば、物語っぽい深い森の中にたくさんの「?」マークがぷかぷか浮かんでいるような
答えのないような、
あるいは逆に、聴かせておきながら、あなたはどう思う?
と答えを求められているような
不思議〜〜な雰囲気に満ちている。

難解、といわれるのかも知れないが、
しかし「?」マークの答えは探さず、
不思議ねぇ〜、と一緒になって漂っていると
ふっ、と違う世界に移動してしまっていた。
という感じの楽しさがある。

ちなみに、マラルメの詩にはドビュッシーも3つの歌を書いている。
今日のピアニストの方の解説によって知ったのだが、
ラヴェルと同じ1913年に書かれたのだそうだ。
しかも2人は3つのうち、2つ同じ詩を選んでいて、完成もほぼ同時だったとか。
「ため息」と「むなしい願い」のふたつです。
仲良しですね。
本当に仲良しだったかどうかは分かりませんが。。




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不思議モードのまま、とても寒い夕暮れの三軒茶屋の街を通り過ぎて
五本木のお気に入り「patisserie sourire」でひと休み。
ラヴェルの音には重さがなくて、自由な軽さが飛び交っている。
(マラルメの。。には、濃密さもあるけれど。)
それは、言ってみれば女の子っぽいといえなくもなくて、
時にキュートなピンク色を感じます。
まさに、私の好きなこのframboisierの雰囲気なのです。


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それにしても今日は寒かった。
クリスマスのデコレーションがしっくりきました。
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by leventmurmure | 2011-11-27 01:00 | musique

バレエと音楽

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近所のバレエ団の「ストレッチクラス」というクラスに行ってきた。
大人になってから、何年かバレエの練習をしていたが、
ここ数年は少し体調を崩したため、全く身体を動かしていない。

最近では毎日ストレッチはしているが、スタジオに行くのは一体何年ぶり?
今日のレッスンスタジオはできたばかりだそうで、
広く天井の高いフロアにピアノの音が響くと心の中で思わずにっこり。
家でじっくり静かに身体を伸ばすのもよいけれど、
動きながら音楽をきくと、身体全体が音に反応して喜んでいる感じがいい。

たいていレッスンに使われる曲は、聴くだけの音楽とすればあまりにロマンチック過ぎて気恥ずかしいようなタイプのものが多い。
そもそもチャイコフスキーのバレエ音楽。バレエ無しに聴くとドラマチックすぎて照れくさいような。。
が、踊りと共に聴くと、ああ、やっぱりこれでなくちゃね!と聴くたびに思う。
バレエといったら、チャイコフスキー。チャイコフスキーといったらバレエだ。
もしチャイコフスキーがいなかったら、バレエの世界は今私たちが知っているのとは全然違うものになっていたでしょうね。

そんな訳で、ロマンチックすぎる曲を聴きながらストレッチをすると、メロディやリズムに導かれて、眠っていた細胞がふわふわのびのびと動き出すのがよ〜く分かる。
鏡の中の自分は、予想を超えて全然軽やかではないけど、まずは気分から。

今日は、オペラ「ノルマ」の中の素敵なアリア「Casta Diva」も弾いて下さったりして満足満足。。。

目黒通りではよく、すぐにダンサーと分かる方を見かけるが、
彼らの後ろ姿には、ただ立っているだけも動きがあるのが感じられる。
細胞ひとつひとつが留まらずに動き、エネルギーが流れている感じが伝わってくるのだ。
動き、流れているものは何となく楽しいものである。理由の要らない楽しさ、美しさだ。

そのエネルギーを駆使して、バレエは台詞なくしてさまざまなものを語り尽す。
そういう楽しさを、音楽にのせてストレッチしただけなのに味わうことができた。
素敵!今度はいつレッスンに行こうかな?

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by leventmurmure | 2011-11-21 21:14 | ballet
ご近所探訪--その5。。
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碑文谷のサレジオ教会そばに、最近できたお菓子屋さんに。。
この辺りはお店が少ないので、先日来、車で通りかかるたび
あ〜、何かできてる〜、と野次馬気分が盛り上がり、首を伸ばしてちらちらと窺っていた。


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Patisserie Jun Ujita--パティスリー ジュン ウジタ
とあるから、ウジタさんのお店なのでしょう。
お薦めは?と聞くと間髪を入れず
「タルトカフェです。」
と店の方がおっしゃるので、すごくお薦めなのでしょう。もちろんそれを頂きましょう。
ショーケースに、「テイクアウト30分」とメモがつけてあり、伺うとエスプレッソ味のムースが柔らかいので30分くらいしか持ち歩けないのだそう。


ムースは軽くて柔らかくて、一番下のタルト生地はとても厚くて、かりかりに焼いてある。
そのギャップを埋めるように、ドームの中には、くるみと柔らかい塩キャラメルと、エスプレッソを含んだジェノワーズ生地が隠れている。
わあ、私の好物が一堂に会していますね。
見た目、大変無口な感じ?ですが、中では饒舌に味のハーモニーが奏でられております。。


他にも、目をひくお菓子がいくつもあったので、
また、今度試してみましょう。。



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お店のすぐそばのサレジオ教会は、我が家から、塔の上の方が見えるくらいの距離。
いつか、知り合いのカトリックの信仰がある人とサレジオ教会の話しになった時、
そんなに近くにいるなんて、それはマリアさまがあなたを呼んでいるのよ。
早く行くべし!と言われたことがある。
から〜んから〜んと日曜日の朝などに鐘の音が風に乗ってきこえてくると
たまにそれを思い出すのだが、
ご近所なのに中に入れて頂いたのは、ずいぶん前に1度だけ。



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お堂での、オルガンとクラヴサンの演奏会に雨のなかてくてく歩いて行った。
家喜さんとおっしゃる奏者が素晴しく、オルガンの演奏に涙がこぼれてしまった。
そして、オルガンに続いて、ラモーだったかクラヴサンでフランスものを演奏されたのだが、
本当に細い細い弦をかき鳴らすデリケートな音色で、
たぶんその時初めてフレンチバロックのチェンバロ曲を聴いた私は
そのあまりに優雅で甘美な音楽が、ひらめくような官能美にあふれていて、教会の内部の雰囲気とはずいぶんかけ離れていたので、
なんだか落ち着かない、はらはらするような気分になってしまった。。。

そして、別にきかれた訳じゃないけれど、
教会とこのクラヴサンとどっちにつく?って言われたら私はクラヴサンだな。
と思ったのでありました。
ちょっと前にオルガンの宗教曲に涙を流したばかりなのに。。
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by leventmurmure | 2011-11-16 00:23 | dairy

今日もローズ

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今日の薔薇。
イヴミオラが仲良く2輪ほころんで、満開です。
首が折れないかしら?と思うのほどの大輪ですが、とっても元気です。
おっとりとした姿から香りもふんわり、と思いきや意外にも
針のようにほそいビーム?がしゅしゅっと飛んでくるような
繊細にして強靭な香りです。

繊細にして強靭。。?
なんだかフランスの歌手の声みたいです。

ヴェルサイユの時代から、
フランスの歌ものは、ふりふり、ひらひらの装飾音がいっぱい。
伴奏のクラヴサンも同じく、ふわふわ、もわもわっとシャンパンの泡のごとく歌を飾ります。

歌曲の時代になっても、印象派の絵画と比較されるように
音が色彩に溢れ、留まることのないエネルギーの流れがラインを描くように
縦横無尽に空間に広がってゆくイメージです。

そんな軽やかで線の細いイメージから、
もの柔らかに、ふわふわと優し〜く歌っていると思われるらしいのですが、
フランスの歌手の演奏には、細い線の中に強い芯が感じられるのです。
例えば、ナタリー•デセイやサンドリーヌ•ピオーの演奏など聴いていると
繊細な声の中に、ひゅんひゅんと細いムチがしなうような柔軟な力強さが隠れているのが分かります。

お腹が据わっていないとダメなのは、何を歌っても同じだと思いますが、
特にフランス的、と思われている柔らかな「表面」を支えているのは、
喉や顔などの強靭な筋肉なのではないかと思います。
フランス人の口元、ニュースや映画で見ていても、
前に突き出したり、横に引っ張ったり、縦横にホントに俊敏に動いています。
もしかして、あの、Rの発音も喉を鍛えることになっていたりして。。


表は柔らかく繊細、その裏にはパワフルなエネルギー。
そういえばあの「ベルサイユのばら」だって、見かけふりふりひらひら、中とってもシビア。。です。
エレガンスというのはそういうものでもあるのかもしれません。

え?そんなの当たり前のことだって?
スミマセン、なにせまだ、マダム修行中なもので。。






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蕾もとても可愛かった。。
レスパスのErikoさんも、薔薇のエッセンスオイルが一番エネルギーが高いのだと教えてくれました!
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by leventmurmure | 2011-11-14 00:36 | musique
横浜馬車道にある、馬車道ピアノサロンをお借りして、歌の練習をしました。
伴奏して下さるピアニストさんにご紹介頂きました。

サロンはスタインウェイ社のピアノのショールームです。
昨日は5台のピアノが並んでいて、
珍しいウォルナッツ材、マホガニー材のピアノもありました。
ピアニストさんが続けざまに弾いて下さると、それぞれに音色が違うのがよくわかりました。
同時に幾つものピアノの音色を聴く機会はあまりありませんので、
結構興奮します。。


昨日は、約50年前のハンブルク制作のフルコンサートで伴奏をして頂き練習を!
前日に調律したばかりだったそうです。
鍵盤は象牙、塗装はつや消しの仕上げ。
象牙の鍵盤は手触りが全然!違うのです。

最初は、そのかっちりと端正な印象の音色とそれから音量に気圧されてしまいました。
(ちなみに、フルコンサートのピアノは約270㎝と長〜く、音量もホールで聴くのでなければ大音量です。
 蓋を開けるのも、女性の手ではちょっとむりかも。)
全開になっていた蓋を半分、もう半分と閉めて頂いてやっと落ち着きました。
せっかくの音色が損なわれるのでは?と思いましたが、
繊細で軽やかな響きに変わり、昨日練習したフランス歌曲にはしっくりきました。

それにしても、ピアノの音色に少しでも釣り合うよう、もっと練習しなきゃ。


スタインウェイ社のピアノは、アメリカで作られたものとハンブルグで作られたものがあり、それぞれの音色に特色があるそうです。
確かに、私たちが昨日お借りしたピアノはアメリカ制作のピアノに比べ
少し翳りがあるような格調高い音色でした。
やはり、「お国柄」が音にも現れるのだそうです。



ちなみにあの、グランドピアノの側面のカーブのある板は、
何枚もの板を張り合わせて曲げ木した1枚板で、
スタインウェイだけの技術なんだそうです。
何年も木を休ませたりしなければならないため、大変コストがかかるのだそう。


舞い上がってしまって画像がないのですが、
温かく静かな雰囲気の素敵なサロンです。
そして、外に出れば馬車道の通りは古い街の雰囲気を残して
何となくわくわくした気分になれる一角です。
こんな素敵なサロンで、音楽会、いつかやってみたいな。。

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帰りには、どこを歩いたのかよく分かりませんでしたが、(伊勢佐木町?)
初サムギョプサル&初マッコリ。
ディープサイドの横浜も堪能しました。
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by leventmurmure | 2011-11-10 19:00 | musique

薔薇の香り


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近所の花屋さんはいつも薔薇が豊富です。
たった今我が家に連れてきたばかりの薔薇。

今日も名前を教わってきました。
薄いピンクのがイヴ•クレール、濃いピンクのはイヴ•ピアジェ•ルージュ。
というのだそう。
包みを解いて水に放つと、細かな何かきらきらしたものがはじけるような、
優しくて元気いっぱいな香りが広がりました。
思わず、見えない香りの姿を追い求めるように目を閉じてしまいます。

最近、なぜか薔薇が気になります。
そのせいか、薔薇の話題を目にすることが多い。。
友人がブログ「Clearing Method」で薔薇の世界を垣間見せてくれるのも
きっかけのひとつになりました。

いままで、薔薇があまり身近でなかったのは、あまりにもフェミニンなイメージだからでしょうか?
「女っぽい」ものがあまり得意でないゆえ、無意識のうちに遠ざけていたのかも知れません。
しかし、女の人が女っぽくある、という女性性のイメージはその本質ではないのだな、
とふと気づいてから、
女性性というのは素敵なものだなあ、と思うようになってきたのです。

一人のひとの中に、女性性、男性性は両方備わっているのです。
男性女性それぞれが、半分ずつを担当している訳ではありません。
女性性はクリエイティビティそのもの、ひらめきや直感、優しさ、優雅さ。
男性性は創造のエネルギーを守るものであり、また現実にうつす行動力でもあります。

自分のなかで、無意識に両方のエネルギーが対話することで
日々私たちはいろいろなものを創造し続けているような気がします。

でも、何となくですが、私は
女性も男性も、もっと女性性を活かしてしてみるとよいような気がしています。
コミカルな気分で自分の中の女性性、男性性双方の声を聞いてみるのも楽しいかも。
思わぬ自分を発見するかも知れません。


薔薇は女性性そのもののエネルギーを放っているに違いありません。
女子だけにでなく、男子にもローズを!
愛と創造のエネルギーが触発されることでしょう。


夜が深まり、イヴ達の香りも一層濃く、自由に空気の中を流れています。
なんだかうっとり。。
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by leventmurmure | 2011-11-05 22:05 | dairy
私の特に好きな作曲家、R.アーン。
19世紀〜20世紀にかけて、パリで活躍した。a0222263_21311421.jpg

ユダヤ人とバスク人の両親のもとヴェネズエラに生まれ、幼い頃パリに移り住んだのだそうだ。

神童の誉れ高くマスネに愛され、10歳でコンセルヴァトワールに入学し、
パリオペラ座の監督も務めたというから、社会的にも成功を収めた作家といえる。

日本では、今ひとつ認知度が低いような感のあるアーン。
私は10年くらい前か、V.ユーゴーの詩を歌詞とする歌曲ばかりを集めたリサイタルで初めてアーンの作品に出会い、すぐに魅了されてしまった。
その頃から、ぽつぽつ歌曲のリサイタルでも取り上げられるようになったと思う。

幼少時からそうであったように、アーンの活躍の場、本領が発揮されるのはサロンであったと思う。

オペラやバレエ曲、弦楽曲も書いているが、サロンで披露されたであろう歌曲の魅力は他の作家にないものがある。
ほとんどは、20歳になる前の作品らしいが、
小品が多くて、技巧もあまり駆使しない。
メロディラインが分かりやすくて、しかもリズムや伴奏のスタイルの効果で何ともいえず、小粋でおしゃれな雰囲気に溢れている。

「クロリスに」という小品がある。
同じようにバロック曲の雰囲気をもった「私が館に閉じ込められた時」という作品と並んで、わたしにとって、アーンのエッセンスという感じのお気に入り曲である。
特に「クロリスに」はあまりに好きではまってしまい、
前奏部分をきくと、はっとして立ち上がって歌いだしかねないくらいだ。

歌曲のラブソングは、男性が女性に向かって愛を語るパターンが多いけれど
この曲も愛する彼女にいかに自分の愛が深いかを語る告白ものである。


 クロリスよ、君が僕を愛してくれているのが本当なら、、
 いや、僕は知っている、君が愛してくれていることを。
 王様でさえ僕ほどの幸せは味わえまい。

 僕の運命を天国の幸せと取り替えてくれるとしても、
 死ぬことはできない。

 アンブロワジーの魅力も
 君の瞳の気高さほどには、
 僕の想像をかきたてない。。

 --アンブロワジーというのは。神々の食べ物、美食の極みを表すことばだそう。。

と、歌われるのだが、メロディラインの美しさと、チェンバロのつま弾きが似合うような素朴な伴奏の雰囲気で、
恋人達の、愛することの幸せと、愛されることの喜びがぴったりと重なるような、
静かな調和の世界にひたることができる一曲です。


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by leventmurmure | 2011-11-02 21:29 | musique